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2008.08.17 (Sun)

満面の笑顔♪

北京オリンピックが盛り上がってますな

女子マラソンは残念だったけど
水泳の北島はさすが貫禄を感じさせる二連覇だったし
女子レスリングも4年前の再現みたいな感じだったね

男子体操では「僕、野菜嫌いです」なあんてのたまうチョコ王子誕生だし
今まで「こんな種目もあったんや〜」ってマイナーなスポーツのフェンシングで日本初の銀メダル

柔道では
一部「だから首位の人を行かしたら良かったのに…」と悔いは残るが
全員懸命に頑張っていた
「オヤジの仕事を果たしました!」
「遊びたい・・・いえ!練習したいですっ」→おいおいどう見ても前者の方が本音でしょ?(笑)

中国って報道制限やら、口パクやら…とあちこちに人権侵害をする部分が見られるな
国際的に注目が浴びているんだから
これを機に人道的な国家になって欲しいものだ

職場の方と話していた時に
何故か「再婚」がテーマになった

職場の方曰く
「嫌いで憎しみ合って別れたのなら、再婚はスムーズで上手く行くが
好きで幸せなままで死に別れた場合は、独身を貫く人が多い」
そうだ
これも色々なケースがあるから一概には言えないけど。

嫌いで別れた場合は、嫌な想い出が残っているから
再婚もしくは新しい相手に、ちょっとでも優しくされたら
「ああ、前よりもずっとイイ」って感動するそうなのだ

逆に、好きだけど止む得ない事情で別れた場合は
ちょっとだけ嫌な事があったら「やっぱり前の人の方がイイ…」って
事ある事に比べてしまうそうなのだ

「だから素敵な恋愛もしくは結婚生活を過ごして来て
止むを得ない事情で一人身になった人とは
いくら好きになったとしても、なかなか上手く行かないよ」
どうしても比べられるし、勝てないから…って

・・・
まあ色々あるんだろうけど

時折、年配のろう高齢者の昔の恋愛話を聞かせて頂く機会の多いピヨにとっては
ある意味納得だなって感じたよ

好きな人と想い想われて
祝福されて結ばれて
末永く一緒に過ごせるのが一番いいよね


巡り合えて結ばれた皆さん、それだけで充分幸せだよ
21:06  |  頭に残った言葉・エピゾート  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2008.08.06 (Wed)

同じ釜の飯を食った仲ってよく言ったものだ!

随分前の話になるが
手話通訳が付くって事で、見に行ったのだ

「第29回 手をつなぐ糸島地区女性のつどい」
〜糸島よかとこ・糸島をもっと知ろう〜
から歩いて5分で着く”伊都文化会館”で開催された

糸島地区ってのは
前原市、志摩町、二丈町の1市2町からなる地域だ
いつも合併の話が出て来るのだ
そうやなぁ〜合併してもいいよね
ただでさえ住んでいる聴覚障害者の数は少ないんだもの
糸島地区ろう協会があるんだから、わざわざ前原市ろう協会なんて設立する必要は無いのにな…

まずは「四季糸島」という歌のコーラスから始まる

雪解け水も春の日差しに 冷たさ和らぎ
白糸の滝 1人歩けば土の道 花咲き 
春告げ鳥のさえずり聞けば 若葉は目覚める
桜便りもこの町届き 誰もが浮かれる
閉ざされた心は いつの間にか光へ
陽だまりに心は奪われるよ

波のしぶきに光は踊り 暑さはひきたつ
二見浦の鳥居は 海に夕日に包まれ
漁火遠く 明かりをともし命のひとこま
繰り返す波は 絶えはしない日々
打ち寄せる波は 自分に生きろと

コスモス揺れて空は青くて どこまで高いの
十坊山にも秋は訪れ 紅染まって
別れゆく者明日は見えず 思い出捨て切れず
秋の夜長に冷たい空気 流れ星 涙
舞い落ちる枯れ葉に 心はうずもれ
朝もやに夜霧に 心は濡れて

銀の世界に寒さひとしお 震える裸木
雷山今日も降る雪 人はシュプール描いて
北風強くこの身をさして 背中を丸める
せめて心に温もり欲しい 優しい真心
生きること全ては 四季をたどる人生
思い出も明日も 季節と共に


この歌、糸島の有名な場所がちりばめておりまする
まず「白糸の滝」
雷山の方にあり、夏はそうめん流しで賑わうのだ
真夏でもひんやりした冷気が流れて避暑にイイ

二見浦(ふたみがうら)
三重県のが有名だが、ここもなかなか捨てたもんじゃない
男岩と女岩が綱によって結ばれているのだ
夕日が出て来る頃の景色がもう絶品

十坊山(とんぼやま)
二丈町にある山だ
かなり登るのにキツイ山なのだが、登山愛好家には最高だ

雷山(らいざん)
糸島を代表する山である
冬はスキー場もあるし夏はキャンプも出来るし〜
昔、夏キャンプに行った時に泳いだ冷たいプールの感触は忘れられないよ…

これを、地元手話の会会長さんが手話通訳してくれた
かなり難しい内容を見事に情感豊かに通訳してくれてさすが

普段手話コーラスなんぞあまり良くは思えないピヨなんだけど
この通訳は場面が想像出来て感動凄いなぁ〜


実を言うと、発表の中に手話コーラスがあったのだよ
まあ…努力は認めるけど…
無表情でただ手だけ動かしている(緊張してるからだろうけど)
うーん…なんだかなぁ
胸を打たれるものは無かったな
自己満足に終わらないで、これをきっかけにもっと手話を学んで欲しいものだけど。

この大会のメインは
九州大学農学部助教授 佐藤剛史(さとうごうし)氏による
「僕は台所で全てを学んだ 〜弁当の日のススメ〜」

うちの福岡県聴覚障害者福祉協会の会長さん!と勘違いしたぐらい
名前が極似してる〜

この先生、とってもお若い
ピヨよりもウンと年下だ
だからかな?
講演も、ダラダラと長〜い話を…というありきたりのスタイルではなくて
パワーポイントを豊富に使って映像に訴えるものであった
斬新だわぁ〜

まずはとある産婦人科医のエピゾート
死産した赤ちゃんを抱いて、一晩中おっぱいを冷たくなった唇に含ませていたお母さん
我が子を愛しいと思う気持ちがたまらなかった

今の荒れた社会には、愛が必要では?
愛情を込めてお母さん、お父さんが一生懸命作ってくれた料理を
感謝込めて頂く子供がどれだけ居るだろうか?

”食育”
んで、四国のとある小学校で「弁当の日」を始めた

小学校5・6年生が
親の手を借りず自分で弁当を作って、学校で全校生徒揃って一緒に食べるのだ

なるほど〜と思ったのは
自分で一生懸命作った子供は、ちょっと下手でも盛り付けが変でも
自信持ってカメラの前へ弁当を差し出すけど
親に手伝ってもらった子供は、綺麗に出来ていても弁当を隠すのだ
後ろめたさがあるのかな?

4年生以下は給食だ
で、5年・6年のお兄さんお姉さんが作って来たお弁当をじっと見つめている
”5年生になったら僕も(私も)作るんだ!”
と、5年生になったら張り切って作るそうだ

お友達の弁当のおかずを見て
「自分もああいうのを作りたい!」と刺激になり、親も教えなきゃいけないっと
学び出す
親子間のコミュニケーションが生まれて来るのだ

親が離婚して、お父さんに育てられた娘さん
お父さんを嫌がっていたけど、「弁当の日」でお父さんの苦労を知った娘
「今度は私が弁当を作るからね!12時になったら場所は離れていても同じ弁当を食べよう」
親子の絆が深まったそうだ

で、弁当作りを経験して大人になった子供らは
料理に抵抗なく、自分の体の為に進んで炊事をするのだ

「小学生に負けてられないわっ」と
九大でも始まった
皆で一品ずつ持ち寄って一緒に弁当を囲んで食べるのだ

・・・
あっ!青年部役員時代にやっとけば良かった

会議の場所のレストラン、まずくて量が少ないんだもん…
それよりか、役員の皆で弁当を作って持ち寄って一緒に食べた方が
話も盛り上がって、仲間意識も高まったかもっ
もっと早く聞いとけば良かった…

”同じ釜の飯を食った仲”って言うじゃない?
今度、何らかの活動をする事があったら提案してやってみようかな〜


なかなか有意義な大会でした
手話通訳してくれた3人の通訳者の皆さんどうも有難う
ピヨは満足でした〜

帰りに、モロヘイヤの苗をたくさん頂いて
頭も心も満腹して帰ったのでした

またこういう機会があったら参加したいな
21:13  |  頭に残った言葉・エピゾート  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2008.06.18 (Wed)

希望を見つけて生きていれば…

福井のネタはどっさりあるけれど
閑話休題させてね
ちゃんとネタは寝かせてあるから〜


今日は、地元の手話の会の例会に行ったのだ
今度の金曜日に、手話講習会(入門)の助手するから打ち合わせもあってね

例会のテーマは
「窓の外には夢がある」の吹奏楽演奏+手話コーラスのDVDの鑑賞だった

事の起こりは
地元にある中学校の吹奏楽部が、四国の大会に参加した時に
この「窓の外には夢がある」の演奏+手話コーラスを見て
”自分達もやりたい”とビデオに撮って来たのだが

その吹奏楽部の生徒の親の中に、手話の会員さんが居て
「…ちょっと違う?」という事で
地元の手話の会へ、手話指導依頼が来たんだよね

やはり四国と九州の手話表現はちょっと違うので
改めて、地元の手話を使って指導したそうだ


その中学校の近くに住んでいるろうあ者夫妻が
指導に当たったのだが
「2回しかなかった」「え

期日もキリギリだったんで、2回しか教える機会がなかったそうだ
でも懸命に頑張った吹奏楽部の皆さん

宮崎で開かれた大会の中で
全国大会3年連続出場を祝って特別演奏の時に
この「窓の外には夢がある」を手話コーラス付きでやっていた

詩だから、普段の手話表現とは趣が違うけど
何かこう…良かったよ


この詩は、小学3年生の時に書かれたものだそうだ
凄い
今のピヨでさえ、こんな深い詩は創作出来ないぞ

私達が生きる地球という船で
例えどんな事があっても
希望を見つけて生きていれば

笑顔はきっと戻ってくる 明日の朝日胸に抱いて
思い出 手の中握りしめて
また明日 一つ夢を見る


※一部抜粋  全文は追記に載せてるよ

でもこんな素敵な詩を書いた彼女はもうこの世には居ないのだ…
高校一年になって3ヵ月後に
いじめが原因で自らこの世を去った

悲しみにくれる親御さんが、彼女の遺品のワープロから見つけた沢山の詩…
「もう彼女のような人を1人でも減らしたい!」と
見つけた詩の展示会や、演奏会などして広めていった

色々な人達が、この詩に感動して
口コミで広がっていった
吹奏楽の世界の中では有名だそうだ
NHKでも昨年特集が組まれたそうだ

詩を読む限り、とても優しい心の持ち主のようだ
きっと苦しくて悲しくてどうにもならなかったんだろうね

この詩に書かれている通り
希望を見つけて生きていれば
笑顔はきっと戻って来たはずなのにな…と
何かいたたまれなくなりました…

世の中、生きていくのは大変だし
楽しい事ばかりではないけれど、せっかく授けられた命なので
精一杯生きていこうって改めて思いましたのだ

地道に頑張ってたらイイ事もあるだろうね
23:04  |  頭に残った言葉・エピゾート  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.06.14 (Sat)

10年来の夢叶う!おめでとう♪

先週、福井で開催された全国ろうあ者大会に参加しておりました
観光は勿論の事全国各地の懐かしい面々との再会に飲み会にと
毎日がハードでした

帰って来たら…仕事するだけで精一杯で…
ここ一週間放置プレイ(苦笑)

何とか復活

さてさて福井のお話〜と行きたいとこだが
いやあネタが溜まって溜まって
寝た(ネタ)からネタが溜まったのかな?(爆笑)

ある活動仲間が、10年間の悲願叶って見事手話通訳士となられたのだ
それを祝う飲み会があった

彼女はある地域で専従手話通訳者として頑張っている
冗談好きのとても優しいおばさまなのである
(ゆりよしちゃん風に言えば、お姉さま?!)

「もう何度も何度も止めようと思ったけど
専従手話通訳者としての立場上、この資格は重要だから…
もう○○万円以上は使ったんじゃないかなぁ?」

そうなんだよね…
手話通訳士の資格はとても大切なものなんだけど
取得する為の研修会参加費や受験料、交通費は自己負担なんだよね

でも念願叶ってとても嬉しそうだった
満面の笑顔を見れてピヨも嬉しい


「手話通訳士に受かって、地元のろうあ者も皆喜んでくれて
ろうあ者だけで集まって祝賀会を開いてくれたのよ」

お!それだけ地元のろうあ者に密接した活動をしてらっしゃるからだろう
お互いに信頼し合える関係を築いていて素晴らしいと思う

ピヨもうん地元では仲良く協力出来てる方だと思うな

そして人生の先輩方から
ピヨら独身へ贈られた助言…

「惚れたはれたも3年まで
3年過ぎたら愛は覚めるから、お互いに思いやる気持ちを持ち続けて行かなきゃね!」

そうなんだよねぇ
恋愛感情だけでは乗り越えられない壁も多いだろうな

結婚してないから分からないけど…
色々な重みのある人生のお話を聞けて貴重な時間を過ごせました〜感謝

200806042129000.jpg


「わざわざ来てくれて祝ってくれて有難う!」と
お礼に頂いた可愛いタオルハンカチ

こんな気配りが自然に出来る素敵な大人になりたいなぁ〜と
改めて反省するピヨでした


本当におめでとう
これからの活躍をお祈りしておりまする〜
22:34  |  頭に残った言葉・エピゾート  |  TB(0)  |  CM(7)  |  EDIT  |  Top↑

2008.05.08 (Thu)

「朝鮮人なのに日本の名で死んだのが残念」

毎朝、職場へ行ったならまずやる日課

新聞の交換さ
西日本新聞と日本経済新聞を取っている
それを昨日の夕刊と今朝の朝刊に毎日取り替えて読みやすいようにしてる
に置いてある新聞を閉じる奴をイメージしてもらえば分かり易いかな?)

交換したら、広告にてスーパーの安売り情報ビラがあれば
取っといて、他の部の希望者へ取っておく
後はストックヤード行きさ

その後、体操が始まるまでゆっくり新聞を読んでいる
これが特典さ

いつものように読んでいたら、目を惹いた記事があった
西日本新聞の「ひと」だ
200805082143000.jpg

女優の黒田福美さんのお話が載っていた

この黒田福美さんは、大の韓国通で知られている
記事によると…
韓国観光の楽しさを紹介するのに一生懸命だった1991年の夏に不思議な夢を見た

〜コバルトブルーの海辺で戦争で死んだとうい長身の若者が語りかけてきた
「朝鮮人なのに日本の名で死んだことが残念」


その時は意味が全く分からなかったそうだが
後日、朝鮮人特攻隊の存在を知らされ
知覧で食堂の娘として隊員を見送った女性と話したところ
「ああ!光山さんだわ」

本名で故郷に戻してあげたいという気持ちが
10日の韓国・泗川市での碑除幕につながる


詳細は割愛するけど、碑を建てるのは個人的なもので
最初は小さな碑の予定だったが、周囲の韓国人の皆さんが「もっと大きいのを」と言われ
市提供の一万平方メートルの地に高さ5mの帰郷祈念碑を建てる事になったそうだ

朝鮮人の方が日本の為に特攻隊員として飛び立って亡くなった事は
二重の辛さがあっただろう
敵国である日本の為に死なないといけなかったからね…

「ホタル」でも、「俺は君の為にこそ死にに往く」でも
出立前の夜に、お世話になった食堂のおかみさんと娘さんを前に
「アリラン」の歌を涙ながらに歌ったという
エビゾートが取り上げられていたなぁ
その光山さん(朝鮮名では卓庚鉉さん)がモデルだと書いてあった

昨年、知覧に行った時はそういった事は全く書いてなかったなぁ
黒田さん個人の気持ちだから盛大的には載せないのかな?

戦争が終わって、遺族の方々が知覧を訪れて
食堂のおかみさんに話を聞いたり写真を頂いたりしていたそうだ
でも、朝鮮出身の方の場合は遺族が公にしない場合もあって
なかなか訪ねてくる家族も少なかったそう

これを機に、韓国でも悲しい運命に散った隊員達の事を広く知ってもらえるといいね

朝からこう考えさせられた記事でございましたのだ
23:17  |  頭に残った言葉・エピゾート  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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